グイグイいける人、いけない人
2023-02-20
世の中には、何事にもグイグイいける人と、そうでない人がいる。私は間違いなく後者の方だ。
グイグイといってもビールをグイグイ飲むことではない。
私の定義では、明らかに望みが薄い場面でも文字通りグイグイ入って行って、周囲の微妙な反応もお構いなしにとにかく「自分が一番!」と粘れる行動のことだ。サッカー選手でいえばマラドーナ(ちょっと例えが古いかな)みたいな…。
でも、グイグイくる人が苦手だと感じる人も少なくないはず。
「おぉっと。この人とは肌が合わなそうだ」初対面でそう感じとれる人は、きっと危機感知能力の高い人。残念ながら私の危機感知能力は著しく低いようで、ひと年取った今でも初見で、生理的に無理だと感じた人に出会ったことがない。私のように「決定的な理由」がないと人を嫌いだと判断できない人ほど、グイグイくる人に弱い。ついついまかれてしまう。
私の周りには何事にもグイグイいける人がいて、曰く、そういう人は黙っていても報われない人こそ、もっとグイグイいくべきだと思っている。確かに仕事でそういう人がチャンスをものにするのを何度か見たことがある。
だか年を重ねて、私のグイグイいかない理由も、少し変わってきた感じがする。昔はまったく自信がなく、少しでも旗色が悪ければ、頑張るのをやめた。本当は簡単に諦められないくせに「やっぱりダメかな…」と、うじうじ立ち止まるばかりだった。
それが年を重ねることで、健やかな自尊感情を保てるようになると、仕事では「ご縁があれば必ず巡ってくるものだ」と大らかに構えられるようになった。また、相性が良い人をおおよそ見分けられるようになり、ゲスな言い方をすれば、打率が上がった。要は、グイグイいかなくてもなんとかなるようになったのだ。
グイグイ行動(こういう言い方もどうかと思うが…)が健全なのかどうかはわからない。しかし、一度もグイグイしないままいい年になってしまったことを情けなくも思う。結局は自分をうまくなだめただけなのかもしれない。気分的にも性格的にも、これから先も私には無理だと思う。
周りの目を気にせず、恥も外聞もなく、望み薄の場面で粘りに粘る、あぁ~、若い頃、一度ぐらいグイグイやってもよかったのかなぁ〜⁈ 笑
グイグイといってもビールをグイグイ飲むことではない。
私の定義では、明らかに望みが薄い場面でも文字通りグイグイ入って行って、周囲の微妙な反応もお構いなしにとにかく「自分が一番!」と粘れる行動のことだ。サッカー選手でいえばマラドーナ(ちょっと例えが古いかな)みたいな…。
でも、グイグイくる人が苦手だと感じる人も少なくないはず。
「おぉっと。この人とは肌が合わなそうだ」初対面でそう感じとれる人は、きっと危機感知能力の高い人。残念ながら私の危機感知能力は著しく低いようで、ひと年取った今でも初見で、生理的に無理だと感じた人に出会ったことがない。私のように「決定的な理由」がないと人を嫌いだと判断できない人ほど、グイグイくる人に弱い。ついついまかれてしまう。
私の周りには何事にもグイグイいける人がいて、曰く、そういう人は黙っていても報われない人こそ、もっとグイグイいくべきだと思っている。確かに仕事でそういう人がチャンスをものにするのを何度か見たことがある。
だか年を重ねて、私のグイグイいかない理由も、少し変わってきた感じがする。昔はまったく自信がなく、少しでも旗色が悪ければ、頑張るのをやめた。本当は簡単に諦められないくせに「やっぱりダメかな…」と、うじうじ立ち止まるばかりだった。
それが年を重ねることで、健やかな自尊感情を保てるようになると、仕事では「ご縁があれば必ず巡ってくるものだ」と大らかに構えられるようになった。また、相性が良い人をおおよそ見分けられるようになり、ゲスな言い方をすれば、打率が上がった。要は、グイグイいかなくてもなんとかなるようになったのだ。
グイグイ行動(こういう言い方もどうかと思うが…)が健全なのかどうかはわからない。しかし、一度もグイグイしないままいい年になってしまったことを情けなくも思う。結局は自分をうまくなだめただけなのかもしれない。気分的にも性格的にも、これから先も私には無理だと思う。
周りの目を気にせず、恥も外聞もなく、望み薄の場面で粘りに粘る、あぁ~、若い頃、一度ぐらいグイグイやってもよかったのかなぁ〜⁈ 笑