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社長のコラム 「しゃコラ」

何だチミはってかぁ?そうですぅ!私が変なおじさんです

2020-06-22
巷では「おばさん」になりたくないという女性は多いし、最近では男性も「おじさん」になることを嫌うようになってきている。

しかし、おばさん・おじさんを嫌う世の中は生きにくいものだと、おじさんである私は思うのだ。そもそもこうやって自分のことをおじさんと言うだけで「そんなことないですよ」と慰められたり、「おじさんって言うと本当にそうなっちゃうわよ」と叱られたりすることも…。本当に面倒くさい世の中になってしまったものだ。

私はそんなふうにおとしめられている「おじさん」こそ、今の子供たちに文化や知識を伝えることが出来る貴重な存在だと信じている。

私が小学生のころ、とびきり好きだった大人は、手品と冗談の上手な近所のおじさんだった。結婚もしてないし仕事もできなさそうだったけど、おじさんは近所の子供たちに人気だった。そばにいるだけでとても楽しかったし、「こんな大人になってもいいんだな」とどこかで安心していたのだとも思う。子供にとって、こういう大人の存在は重要なのだ。

実際、私が小学生の時にボーリング場で補導されて、おまわりさんにつかまった時、助けてくれたのもそんなおじさんだった。今では考えられないような話だけど、そんな変なおじさんは確かにいた。

ちょっと強引だが、変なおじさんといえば志村けんさん。亡くなられて改めてその偉大さに敬服している。
コロナ禍もいったん落ち着き、緊急事態宣言も解除されたが、残念ながら志村けんさんは帰ってこない。追悼番組や再放送を観るにつけ、いまだに亡くなった実感がわかないままでいる。今観てもその普遍的な存在の「尊さ」に正直なところ圧倒されてしまった。

「大人からは評判がわるいけど、子供には家では許されない自由を与える存在」として、子供たちに多くの影響を与えてきたことがよくわかる。ちょっとだけ、周囲の子供たちに悪いことを教えたり、反面教師になったり、時には子供たちの逃げ場になれるような存在。

志村けんさんが演じる人物にはどこか哀愁がある。そして、なによりリアリティーがある。そのリアリティーがどこから来るかといえば、それはその演じるキャラクターそのものを、人生を、愛しているからなのだろう。バカバカしさの中にも、その人の人生までもが見えてくる哀愁のおじさんだ。

だが、残念ながらあんなドタバタコントはコロナ後には成立しないのかもしれない。

でも、こんな世の中だからこそ「変なおじさん」のような存在が必要なんだと、おじさんの私は思うのだ…。


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