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しゃコラ2012

しゃコラ2012

2012/12/05 この国の最大のリスクは政治だ

いよいよ衆議院議員総選挙が今日公示され、選挙戦がスタート。
石原慎太郎、橋下徹、渡辺喜美、嘉田由紀子、東国原英夫、舛添要一、河村たかし、・・・など、多くの政治家ヒーロー(?)たちがこぞって参戦。今をときめく《待望の人》たちだ。

 

でも、いったいあの人はどこの政党で、誰と一緒?具体的な政策は?消費税や原発はどうすんだ?「第三極」ってナニ・・・?

 

乱立する各政党は「この指止まれ」方式で理念が同じ勢力同士がくっつき合い、もう政党の名前すらよくわからない。選挙で生き残るためとはいえ、これでは長続きするわけがない!この時期での政党の離合集散は、ますます有権者の混乱を招いている・・・。

 

現在の世相は、思い通りにいかない現状を、すべて外部の責任にしがちという。そもそも現状を調整する努力が足りないのだろう。調整とは面倒くさいもので、世の中には調整を他人任せにしてしまう人が多い。調整を避けるそうした態度が、いわゆる安易なヒーロー待望論につながっていく・・・。

 

現実は一発大逆転のない「隅のないオセロ」。利害が人それぞれだからこそ、言葉や調整が重要なのだ。ところが、世の中には自分が切りつけられる寸前なのに、やんややんやとヒーローに声援を送り続けている無邪気な人が絶えない。

 

また、そのヒーローが気に入らない人たちは、しばしば「マスコミが虚像をつくり上げている」とメディア批判に向かう。だが、現実は、やはり多くの人たちが支持していて、だからこそヒーローとなり「選挙の顔」として担がれる。乗っかる世論があって、視聴率が取れて初めて、マスメディアも重宝する。
やはり世論の側に、民意の側に、ヒーロー待望論があるんだろうなぁ。これは近年の政権交代のプロセスそのものだ。よく言われている表現を借りるなら、それは政治システムが制度疲労を起こしているからに他ならない。そう考えると、政党政治という政治システムそのものに対する政治不信が、第三極を生み出したというのも理解できるというか、考えを共有できる。

 

現在の選挙は、有権者各人が忙しい日常の合間を縫って色々な政策について勉強し、適切な判断を下すことを前提としている。だが、そんなことは複雑化した現代社会においては到底不可能で、実際にはスパッと問題を解決してくれるヒーローを待望することになる。求めても裏切られる幻想サイクルの果てに、政治不信の質的変化を体現した有権者にとって、待望のヒーローを生み出すことで問題提起を行うことが、今や最適な判断となったのだ・・・。

 

だが現状では、強いリーダーシップを持った《待望の人》が、待ち望んでいる人たちに最終的に望ましい帰結をもたらすとは、どうしても思えない。私にとっての不安要素は、政治不信の底流で起こっている質的変化で、そこに一番の危機感がある。

 

あらゆる政党も、また多くのメディアもいまだ主題化できていない今回の選挙。「世論」という大衆の支持を取り付けようとする、まさに「イメージ闘争」のオンパレード。
こんなニッポンの政治の諸外国に比べてあまりに無防備な現状が、将来の「つまずきの石」になりかねないか心配だ。そういう意味では今回の選挙戦が、『この国の最大のリスクが政治』であることを露呈した格好となってしまったようだ・・・。

 

 

2012/11/19 祭り

うちの会社がある呉市地方卸売市場の敷地内には、小さいけど恵比寿神社がある。だが、公共の施設の中に特定の宗教を指す神社なるモノがあることは、本来ならNGらしい。開設者の呉市としても頭の痛いところだ。しかし、市場移転のドサクサの中、神社も一緒に移転してきたもんだから、今となってはどうしようもない。全国の市場の中でもまれな事例で、こうやってカミングアウトすることすら、実はマズイことなのかも・・・。

 

その恵比寿神社大祭が終了すると、その年の秋祭りの季節が終わる。今年も例年通り、週末ごとに市内各地で伝統的な秋祭りが行われた。ひと月もの間、あちこちで勇ましい笛や太鼓の音を耳にし、たくさんの大きなのぼりを目にした。たくさんの見物客や、激しくお神輿をかつぐ様子や、威勢のいい音に色とりどりの屋台。最近では各地のB級グルメもいろいろ味わえる。賑やかで美味しくて、なんだか次第に元気になってくる。そんな祭りが私は大好きだ。まさに地元ならではの風物詩。

 

とにかく子供のころから祭りと聞けば、妙にワクワクしていた。祭りの雰囲気にいつも神秘と不思議を感じていたからだと思う。日本各地には、楽しくて不思議で、賑やかで神秘的な祭事・行事がたくさんある。そんな各地の祭りを紹介する雑誌やガイドブックはたくさんあっても、その大半は観光用だ。祭りを見るのには役立つけれど、その祭りの向こう側にあるモノまでは見せてくれない。

 

面白いことに、どこの祭りもみんな、むかしどこかで見たような懐かしさを感じさせてくれる。遠い昔から今日まで引き継がれてきた大切な教え。土の匂いがプンプンするような、祭りの熱気を感じていると、その向こう側から、私たち日本人のご先祖さんが、ぞろぞろやってくるかような気分になるから不思議だ。

 

そして、ほとんどの祭りには必要不可欠な存在の「異形の者」が現れる。彼らは、私たちと異界とを結ぶメディアである。異界の扉をあけるには、こういう異形の者たちが必要なのかもしれない。
それで思い出したが、近頃各地で盛んな「よさこい祭り」でも、出演者たちはみな派手で異様なナリをして踊っている。あれはきっと自らを、異形の者に仕立てるための自己演出で、祭りに溶け込もうとする参加者の強い意思の表れなのだろう。

 

呉地方の秋祭りには、欠かせない存在の「ヤブ」と呼ばれる‘鬼’がいる。

ヤブは、呉市街地の他に焼山、伏原、阿賀、音戸地区の一部の神社にしか存在せず、広島県人でも知らない方も多い大変マイナーでローカルな存在。神様の警護と道案内の役割を担う、まさに異形の者。


ヤブのどこが好きかって、やっぱその怖そうな風貌なのにどこか憎めないところではないかと思う。子供たちはみんな泣き叫ぶけど、周囲の大人は笑って見ている。

『ヤブ』と呼ばれる鬼

こんな地元の伝統的な祭りを、私たちはもっと大切にしたいものだ。古いものの中にこそ大切なものがきっとある。だが、大切にするということは、防腐剤を入れて保存するということではない。祭りの中で地域の風習を確認し、ご先祖さんたちと一緒に遊ぶということだ。
今のような息苦しい酸欠の時代にこそ、こういう祭りの持つ意味を再発見する時かもしれない。こうした祭りが人々から忘れられ、地域から失われてしまったら、本当に取り返しがつかないことになる。それこそ、あとの祭りである。

 

 

 

2012/10/23 引き際

今年も大勢のプロ野球選手が、惜しまれながら現役を引退した。
どんな選手にだって「引き際」は必ず訪れる。だが引き際の美学は、決して一通りではない。人間というもの、引き際にこそ生き様が表れる。

そのキャリアが輝かしければ輝かしいほど、引退に踏み切った裏には壮絶な人間ドラマがあるはずだ。スポーツ史に残るレジェンドが、自身の引き際の封印を解く瞬間、そこでのコメントもまた大きく注目される。名文句を残して現役を引退した多くの名選手たち。今も色あせることなくファンの記憶の中にしっかりと刻まれている。

だが、引退試合やセレモニーを用意してもらって引退できる選手は、ほんのひと握りだ。残念ながらほとんどの選手は、静かにユニフォームを脱ぐ。また、不本意な辞め方で球界を去っていく選手も多い。そこには百人百様の生き様が垣間見えてくる。プロ野球選手にとって「引退」は、大きな人生の節目。それは人生最大の決断を迫られる大一番。

プロ野球選手に限らずスポーツ選手の引き際には、さまざまな考え方がある。
「惜しまれるうちが花」と言われながら過去の栄光を汚さぬうちに潔く引退するのを美学とする選手。また、もう要らないから、辞めろ!と言われるまで、ボロボロになってでも現役にこだわる生き方を貫く選手。どっちが正しいのか、私にはわからない。ただ「引き際を自分で決められる選手」であるならば、もう正しいとか正しくないとかはないんじゃないか・・・。そんな風にも思う。

でも最近では昔と違い、国を問わず野球を続けられる環境を求めて“流浪(るろう)”する名選手も多くなった。引退することにどうしても踏ん切りがつかないのだ。まだやれる気がする、もう一度スポットライトをあびたい、このまま終われないなどの思いを抱えて決断できないベテラン選手たち。引き際をいつにするかは、アスリートにとって非常に難しい決断に違いない。拭い切れないモヤモヤとした感情が、悲痛な叫び声として聞こえてきそうだ。

引き際を間違えたために輝かしい功績すら無駄になってしまうこともある。だから球団側も名選手と呼ばれる選手であればあるこそ、引き際に気を使ってやらなければいけないと思う。いくら実力の世界とはいえ、まさに執念で名実ともに名選手の仲間入りを果たした選手に、いとも簡単に戦力外通告や引退勧告をするのは、あまりにも酷だ。

彼らは皆、アスリートとして燃え尽きる場所を求めているのだ。残された時間の中で自分自身の存在をかけた闘いを続けている彼らに、自らの意思で引き際を決断させてやってほしいと願う。矢尽き、刀が折れての満身創痍の引退劇にファンは涙したいのだ。
球界全体でプロ野球選手としてのアイデンティティーを尊重してやり、“流浪”する選手を絶対に出してはいけないと思う。

 

 

2012/10/02 夢売るふたり

「夫婦」、その世にも不思議な運命共同体。

元々は他人だったのに、今は他人じゃない男女二人。理想の形なんかない。むしろ刻々と変化していくビミョウな関係・・・。そんな夫婦関係の本音と不条理をちょっぴりビターに描く松たか子と阿部サダヲ出演の映画、『夢売るふたり』。

営んでいた小料理屋を火事で失い、再出発のための資金集めが目的で次々と結婚詐欺に手を染めていく夫婦の物語。最初、この二人が夫婦でいいのかなぁと思っていたけど、次から次へとテンポよく物語が進むにつれて、これが見事にハマってくるから不思議だ。妻が犯行を考え、夫が実行する狂気の犯罪生活へと染まっていく過程に、一瞬たりとも気が抜けない。詐欺夫婦の奇妙さと同時に、満たされない女性たちの心を鋭く描く衝撃作だ。
中でも松たか子の体当たりの演技はパワフルで生々しく、見所のひとつとなっている。松たか子を妻役に抜擢した西川監督の眼力は、やはりすごいと思う。

原案・脚本・監督をこなす西川美和さん(広島市安佐南区出身)。

人間のこまやかな感情をすくい取り、日常の中の極限的な時間をリアルな言葉でつかみ取ることができる稀有なクリエーターだ。うち(会社)の役員の姪っ子さんという縁もあって、これまでの作品も全て鑑賞済み。今回も妻と
八丁座で鑑賞しました。

人と人の結びつきは、深くてもろい。男女の関係も一緒。もちろんその逆でもあって、両者を等分したような微妙なバランスで人間同士の関係は成立している。
この映画は、そんな「関係」の中で生きている夫婦の本質を照らしながら、絶え間なく更新されていくさまざまな愛情の在り方を発見する。男と女というくくりすら解かれた場所から、本当の愛とは何かを深く問い掛けてくる。

結婚詐欺とはいえ、条件さえそろえば、恋愛のようなものは簡単に成立するかもしれないという、人の心の危うさも指摘されている気がした。
結婚詐欺にひっかかり、思いがけず恋愛のような関係へと倒れ込んでいく女性たち。でもそれは、日常の喪失を埋め合うだけの暗くさびしいつながりのようにも見える。
まるで、最初は目立たなかった浴室のカビやキッチンの水回りの変色が、いつの間にやら簡単には落とせない頑固な汚れに成長しているかのように・・・。

絶対に結び合うことはないと思える男女の展開に、意外にも納得できたのは、愛がさびしさという影によって支えられ、積み重ね補強されるものであるなら、彼女たちの関係には、そのふたつが皮肉にもそろっていたからだ。さらに、最後に待ち受けている結末のグロテスクさも、かなりのものである。
そして、日常を一皮めくった裏側に潜む狂気や、人生のあちこちに待ち受けている落とし穴の描写に、いつでも現実に起こり得るのではないかという迫真性も感じられる。
どこかで理想の人生設計から足を滑らせてしまった女性たちの姿にまつわる、一抹の物悲しさとともにいつまでも後を引く。

普通に生きてるとドラマティックな場面などそうそうないけど、映画なら何度でも味わえるものがある。それがこの映画では、男と女の互いの孤独への共感といういたわりのようなものだ。
さまざまな人物を映すように、角度によって異なる光を放つ「愛情」は、プリズムみたいなものかもしれない。その光の中でふっと肩の荷を下ろし、未来へのまなざしを強くする瞬間が、女性たちの生きる力としてちりばめられている点に注目したい。

 

 

2012/09/06 ご近所さんにはご用心 !

ニッポンと周辺国(ご近所さん)との間で領土をめぐる緊張が、ここにきて一気に高まった。
韓国との竹島(島根県)、中国・台湾との尖閣諸島(沖縄県)、ロシアとの北方四島(北海道)に関する領土問題は、それぞれ個別の事情を抱え、解決策を見いだすのは容易ではない。国内情勢に振り回された現政権は外交への目配りを欠き、対応が後手にまわってしまった。いずれも日本外交の非力さを印象づける結果となっている。言葉は悪いが、完全に‘なめられた’格好だ。

急速に経済発展する「世界の工場」の中国、スマートフォンなどで世界を席巻する大企業を抱える韓国、原油高を背景に躍進する資源大国のロシア。
この3カ国(ご近所さん)が経済的な力を増大させる一方、ニッポンの国際的な発言力や影響力が相対的に低下していることが、強気の背景にあるとの見方も出ている。今後の成り行きが気掛かりだ。

ニッポンとしては、過去の経緯も含めた正確な事実関係を広く国際社会に知らせる努力が欠かせない。説得力のある事実関係と歴史認識を持って政治が全面に出てこなければ、危機感も伝わらない。そうでなければ国民の理解を得た強い外交は展開できないだろう。

国として相手国(ご近所さん)に冷静な対応を求めるのは当然である。だがそれと同時に、これまで日本政府がいったいどれだけ危機感を持って隣国(ご近所さん)との領土問題に対処してきたのか、また今後どのように向き合っていくのか、が問われているのだ。

友達なら選ぶこともできる。だけど、「ご近所さん」は選べない!

隣近地域で国境が隣接しているわけだし、何かと顔を合わせることも多く、経済のつながりは無視できないほど深い。今では文化、芸能、人的交流も頻繁で複雑に重なっている。まずは今の現状を受け止めた上で中韓露(ご近所さん)と、今後どのようにつき合って行くべきなのか、今一度考える必要があるだろう。
近隣諸国(ご近所さん)との関係は、ニッポンの将来の国益確保の大きな要素のひとつ。つき合い方を考えて長くいい関係を保てるようにしたいものだ。

でもグローバルでソーシャル・ネットワーキングな世の中で、国境とか領土といった枠組みがまったく意味をなさない時代がそこまで来ているかもしれない。
すさまじいスピードで新しい概念が生まれ、地球規模で物事を考え、文化、風習、言語までもがミックスされ、今やあらゆる分野で境界はなくなりつつある。
そのうち領土問題や歴史認識でごちゃごちゃもめなくてもいいような新しい秩序や価値観で形成された世の中になってくれれば争いごともなくなるのだが・・・。

それまでは厄介なご近所さんに、くれぐれもご用心 !

 

 

2012/08/15 自分のものではない記憶

今日のニッポンの根幹には、やはりあの戦争の記憶が、血肉化し深く潜んでいる・・・。
戦後67年もたっているのに、あの戦争の総括はちゃんと行われてるとはいえない。靖国問題ひとつとっても、いまだに世論は割れ、議論は混乱している。
東日本大震災の後、‘生き残ったこと’や‘生きること’の意味を問われる日々が続く私たちの日常には、あの戦争があったことすら伝わりにくい現実があるのだ・・・。

戦争の記憶を失った社会は、きっと恐ろしい社会となることだろう。戦争を体験した世代が年々世を去る中で、私たちニッポン人がいま直面しているのは、自分のものではない記憶をどうしたら記憶できるのかという難問である。

どのような体験として記憶し、語り継いでいくべきなのか。あの戦争の悲劇を今も引きずる人がいることを、私たちは決して忘れてはならない。なのに一部の戦争を知らない世代には、自らに心地のいい、反戦や平和や殉国の物語として紡ぎ出そうとしている人がいるのは残念だ。

なぜニッポンは、戦争への道に踏み込んでしまったのか。そして、普通の市民がどんな目に遭ったのか。その後、国はいったい何をしてくれたのか。
私たち戦争を知らない世代が、これらの疑問を前に、改めて過去に向き合うことが必要な時代になってきた。こういったことが、二度と悲惨な戦争への道を歩まないことにつながるはずだ。そして、こうした作業を通して、戦争を知らない私たちもまた当事者性を獲得できるのではないだろうか。

しかし、過去の記憶を「ありのまま」残せたとしても、それが喚起する歴史は一様ではない。
「記憶の場」は常に歴史認識をめぐる闘争の場でもある。その戦いは同時に、違う未来への可能性もつくり出してしまう。

「戦争の記憶」は反戦へのメッセージだけでなく、あらゆる国家暴力への抗議行動を促すことにつながる。何を記憶し、その記憶をいかに現在に介在させるのか。記憶への意思は現在をつくりかえる力となり、「戦争の記憶」を未来へと導いてくれるはずだ。

今や修学旅行の見学コースのひとつでしかなくなった原爆ドームのように、戦争も平和もリアルではなく、形式としてしか理解されていない。もはや過去は、現在と断絶してしまったのだろうか。もうあの戦争はただの歴史にすぎないのだろうか・・・。

「いや、そんなことはない!」

記憶のどこかで、それらはひそやかにつながっている。
戦争を体験した人々が生きたあの時代と、私たちが生きるこの時代が、歴史の流れの中で間違いなく地続きなのだ。
全てのものごとには歴史があり、さかのぼることで、それらが頭の中でつながっていく。歴史は‘自分のものではない記憶’という物語なのだ。

今日は、終戦記念日。

どれだけのニッポン人が、歴史につながる今の自分を語ることができるのだろう。 

 

 

2012/08/13 オリンピック ~その時代を如実に映し出す鏡~
画像2012年 夏季ロンドン・オリンピック

2012年夏季ロンドン・オリンピックが日本時間の13日、熱戦と熱狂、栄光と挫折の中、華やかに閉会した。連日、生中継を深夜にテレビ観戦して寝不足ぎみの方も多いはず・・・。

オリンピックという4年に1度の世界的スポーツの祭典は、開催されるたび、その時代を如実に映し出す鏡のように感じる。
今大会も‘今という時代’を背景に様々な意味で象徴的な大会だったと思う。

短文投稿サイトのTwitterをはじめ、交流サイトのFacebookだの、mixiだの、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を代表とする「ソーシャルメディア」は、間違いなく2012年という今の時代の象徴だ。世界でSNSの利用人口は、すでに10億人を超えているという。今回のロンドン・オリンピックでは、国際オリンピック委員会(IOC)が選手のSNS利用を推奨して物議を呼び、一部で「ソーシャルメディア大会」と呼ばれているのも理解できる。

ソーシャルメディアが世界中に普及してから初めての開催となった今回のロンドン・オリンピック。大会期間中、様々な場面で、ソーシャルメディアが顔をのぞかせた。
その為、ソーシャルメディア活用のためIOCは、参加選手や関係者用に、ネット上での活動についてのガイドラインを準備。オリンピックを商業目的に利用することを禁止し、単語の意味についても明確なルールを取り決めた。自身が撮影した画像や動画、そしてオリンピック・マークの使用など、決められた項目はすべてで15個。また、投稿の内容がプライバシーに触れてはならないなど、細部にわたって参加する選手や関係者は配慮しなければならない。裏を返せば彼らの活動がネット上で大きな影響力を持つことの証明なのだ。

これまでは、選手がネットの世界に飛び込み、ファンと直接コミュニケーションを取ることはリスクが高いとして、極力遠慮するのが主流だった。
ところが、ソーシャルメディアは時間軸でメッセージか交わせるので、スポーツにおけるコミュニケーションを根本から変えてしまうほど、スポーツとの相性もいい。また、この時代に生きる限り、選手もファンも同じ目線・同じ土俵でコミュニケーションを取ることが求められているのかもしれない。

だが、ソーシャルメディア時代の突然の環境変化は、一部の選手に不幸をもたらすなど、危うさも顔をのぞかせた。選手が発信する情報は感動や共感の輪を広げる一方、配慮の足りない発言によって大会を去る選手が出たのだ。不注意な投稿や写真掲載が大きな代償につながるトラブルが続き、今後に課題を残してしまった。ソーシャルメディアとは、オープンな空間であると同時に、そこでの振る舞いは世界中にさらされるのだ。このことを理解せず、発信してはいけない。

しかし、ソーシャルメディアが、急速にスポーツとの関係を深めていることは間違いない事実。スポーツ観戦とソーシャルメディアの関連性は、さらなるデジタル環境の進化によって新しいエンターテイメントとしての商機の可能性があり、企業のソーシャルメディア活用の準備も積極的だ。

共有し、つながり合う、そういう対話型の‘今の時代(2012年)’を象徴していたロンドン・オリンピック。まさに‘その時代を如実に映し出す鏡’のようだ。
ちょっと気が早いけど4年後のオリンピックは、私たちにどんな進化を遂げた‘未来の時代’を映し出してくれるのだろう・・・。

 

 

2012/07/19 寛容な社会とは

最近、テレビのニュースや報道番組を見ていると、ボカシを入れた映像を目にすることが多い。
人の顔はおろか現場の建物、商品や看板、風景にまで・・・。そんな映像を見ていると、「ちゃんと人権に配慮してますよ!」という言い訳がましいテロップがつけられているような気がして落ち着かない。だったら、最初からそんな映像は使わなければいいのにと思ってしまう。

ニッポンのメディアは、報道する場合に「タブー的」であれば実名を避け、画像や映像にボカシ処理をすれば人権保護であると考えているのだろう。裏返せば、ニュースを受け取る側、つまり私たちも匿名とボカシをプライバシーと人権の保護であると決めつけてはいないか。これこそが成熟した先進国の人権配慮なんだ、と・・・。

果たしてそうなのだろうか。

たとえば、英国では、実名報道が基本らしい。未成年であろうが、被害者であろうが、変わることはない。むしろ被害者自らが表に出て犯罪を訴える。家族や友人も実名とボカシなしの顔写真や映像とともに窮状を訴えかける。ニュースの対象が何であろうとそれは変わることはない。

英国メディアの実名報道は匿名によって個としての人間を埋没させることなく、個人を尊重するという側面があるとのこと。もちろんそれはそれで問題もあるのだが、同じ島国のニッポンとどうしてこんなにも差があるのだろう。

どうやら両国の社会の「寛容性」に差がありそうだ。

ニッポンの「恥の文化」は節度や礼儀につながる。だが、こうした文化は加害者の徹底的な排除、そして被害者までも遠ざけてしまう「不寛容性」に転化しうる。つまり、問題の所在は実名報道かどうかではなく、社会の「不寛容性」なのかもしれない。

ニッポン人は犯罪において、加害者、被害者を問わず「あえて距離をおく」接し方が適当であると考え、「下手に接しないほうが相手のためだ」「そっとしておいたほうがいい」と考えがちだ。
これでは客観的な理解を欠き、とかく善意の行動のつもりが、被害者を孤立させる心配がある。さらに追い詰めるようなことはなんとしても防ぎたい。
被害者が忌避されることなく逆に実名で報じられることによって、社会の温かい支援が受けられる方が、はるかに成熟した社会であるはずだ。

人権保護については様々な意見があって当然だろう。リアル社会とネット社会での人権保護の扱い方も違っている。どんなに些細なことでも人権保護について、企業も取り組まなくてはいけない時代になった。
実名報道を称賛、提唱しているわけではないが、「寛容な社会」の実現を願う者として、報道のあり方で一番大切なことが、匿名やボカシではないことは間違いないと思う。

 

 

2012/06/30 与えられた時間
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今日は6月30日、気が付けば今年も半年が過ぎていた・・・。

考えてみると時間って不思議だなぁ。

子供の頃の一日、あるいは一年は随分長く感じたのに、ここ数年の時間の経つ早さといったらない・・・。
子供の頃は時間を長く感じるのに、大人になってからというもの、年を取るにつれてどんどん短く感じるのはなぜなんだろう?

おそらくほとんどの人が抱く感覚ではないだろうか。

また、楽しい時と退屈な時でも違うし、忙しい時や待ち合わせの時刻まで待っている時でも感覚は異なる。自動車の運転で高速道路を走っている時と一般道に降りた時でも、時間の感覚は違っている気がする。

子供の頃を思い出しても、学校に行き、宿題を与えられ、いくつかの稽古事にも通った。それに公園にも行かなきゃいけないし、テレビだって見なくちゃいけないし、腹いっぱいご飯も食べなきゃならなかった。それでも、何とかして遊んだものだ。それは無意識ではあるが、自分なりに時間割りを作り、締め切りを設けていたんだと思う。だから大人もそんな子供から学ぶところは、多いんじゃないだろうか。

また、時間をかけずに、効率よく結果を出したい。

ほとんどの現代人(大人)が望むものの、なかなか実現できない永遠の課題だろう。たいがいの人は時間について考察する機会はほとんどないはず。しかし、時間に追い立てられるようにして生きている私たち現代人こそ、時間についてもっと真剣に考え、議論してもいいのかもしれない。

結局、我々人間、なにが平等かといえば‘与えられた時間’だろう。

世界中のすべての人は、1日24時間という時間を平等に与えられている。これを自分で納得できる時間配分にするのが人間の知恵であると思う。
24時間が1日にあるというのは知識であってそれをどう考え、使うかはその人の知恵なのだ。

 

 

2012/06/08 Here Comes the Sun!

   真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。
   彼は幼い頃から、品物や場所に残された人間の記憶が見えた。
   強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。
   ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。
   カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。
   父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。
   しかし、真也の目には、全く違う景色が見えた・・・。



このたった7行のあらすじから生まれた、家族の愛と憎しみと再生の異なるふたつの物語。人間の醜さや悲しさが、卓越した比喩を多用した独自の文体によってあぶり出されていく。


『 ヒア・カムズ・ザ・サン/有川 浩 (新潮社) 』

今まで生きてきて、「あの時、こっちを選択していなかったら今頃、まったく違う人生を歩んでいただろうなぁ。」なんて思ったことぐらい誰にだってあること。
どちらに進むか。右か左か。同じ人間でありながら、選択によってその後の人生がまったく違ったものになってしまったような物語。しかし、それはあくまでも仮定の話であって仮に別の選択をしたとして、果たしてその後の人生が変わっていたのだろうか?
その時点で選択した事は、どんなに変えようと思っても変わらないし、その時点で選択したその選択肢以外選んでいないのではないだろうか?
だが、もし別の選択をしたことによって、今、この目の前に広がる現実とは別なところに、もう一人の別の自分が存在しているとしたら・・・。

「この現実とは別の、もう1つの現実」

言い換えると、自分とは違う、’別の自分’が同時進行で存在している現実。そして、どっちの自分が本当の自分か?なんてことはない。両方とも、‘自分’なのだ。また、どっちの自分の方が優れているか?なんてこともない。両方とも、ただただ‘自分’なのである。
いわゆるパラレルワールド的なふたつの物語。パラレルワールドとは、ある世界(時空)から分岐し、それに並行して存在する別の世界(時空)。おなじ設定からスタートしつつも豊かに姿を変えた二つの物語「ヒア・カムズ・ザ・サン」。

思いがいびつにすれ違ってしまっているこの不思議な家族に、
「余分な」気づきを持っている自分が立ち会ったことは、
もしかすると運命かもしれない。
カオルのために、彼らのために
もしもこの力を使えるのなら、
もう少し自分を前向きに認めることができるような気がした。
(本文引用)

うまく生きられない人間たちを生き生きと浮かび上がらせ、豊かな愛情を持って人生の困難さと面白さを伝えてくれる。人生なんて、ひとつのボタンを掛け違えただけで、全く違うものになってしまう、ということを突きつけられたような、なんとも奥行きのある物語である。
登場人物は同じでも、全く別の展開のふたつの物語が並行して収められていて、想像・創作のもつ幅広さと豊かな可能性に改めて思い至らせてくれる作品。


あなたなら、どちらの「ヒア・カムズ・ザ・サン」を選びますか?

 

 

2012/05/15 笑われる存在

日々の暮らしの中で、笑うことで少し救われたという経験は、多くの人が持っていることだろう。「笑うこと」は、私たちの日常生活で一定の効能を果たしている。次々と苦難が襲いかかり先行きが見通せないこの時代に、笑うことの重要性は一層増しているのではないだろうか。

でも最近のバラエティー番組では、芸人の私生活を必要以上に切り売りして、本来の意味で「芸」とは言い難いネタが幅を利かせている。過剰なプライベートの暴露、見苦しい限りの過激なダイエット、夫婦や兄弟の問題、はたまた家族総動員等々、とにかくなんでもかんでも私生活をネタにみんなで笑う。
それらも「芸」という向きもあるかもしれないが、要は程度の問題だ。唐突な発言や不適切な返答には、いや応なく余計な憶測も生んでしまう。
結果として芸人たちはどんどん小粒化し、消費され、飽きられてあっという間に消えていく。芸人寿命の先が見えてしまっているのだ。

今や、ちょっと売れれば私生活は自分からモロ出しで、それをネタに荒稼ぎ…。芸が売りモノじゃなく私生活ネタが売りモノの芸人も少なくない。そんな人は、芸に関する記事や仕事(本業)の話題がほとんど取り上げられることはなく、旦那や嫁や交際相手とどうしたとか、こうしたとか、そんな事ばかりがクローズアップされてしまう。
結局、芸人の多くは「笑わせる」のではなく、もっぱら「笑われる」存在になりつつあるのだ。

確かに世間の評判よりも身内での評判こそが重要とされる芸能界で活躍するには、私生活でも切り売りして笑ってもらう必要がある。芸人のタレント化が進むテレビ業界で生き残る秘訣は、才能なんかよりどれだけ「笑われる」私生活ネタを持っているかにかかっている。そして当然視聴者もそんなタレントの役割をちゃんと把握して笑っているのだ。
芸人たちが「笑われる」存在になっているのか、視聴者が「笑われる」存在を望んでいるのか、その判断は難しいが、きっと両方とも正解なのだろう。

しかし、氾濫するメディアによってこれだけ無数の情報が溢れている時代だけに、芸人も大変な時代を迎えている。今は同じような番組が増え、どの局も大同小異、没個性化の傾向にあるのだ。だから少しでも画面に映って露出を増やし、目立つためなら、なりふり構ってはいられないのが実情だろう。
ひょっとしたら人を「笑わせる」ことは大変で、むしろ「笑われる」ほうが楽なのかもしれない。

 

 

2012/04/21 自筆の手紙

電話(携帯)、FAX、メール。現代の通信コミュニケーションの発達は目覚ましく、人による‘配達’に頼らざるを得ない手紙なんかは、迅速性という意味において間違いなくITメディアに劣るだろう。
しかし、だからといって手紙の役割が終わったわけではない。

パソコンや携帯電話でメールを送る便利さに比べると、いまどき自筆の手紙などは、どうも分が悪い。早くはないし、癖のある字は読みにくい。だが効率的といえない時間は、慌ただしいこんな時代だからこそ意味を持ちそうな気がする。メモや伝言だけではない大人の自筆の手紙。いったいどんな味わいがあるのだろう。

手紙の魅力は、言うまでもなく自筆で文章を綴ることにある。もちろん手書きにこだわる必要はないけれど、やっぱり受け取る側としては印象が変わる。
特徴のある文字を書く人。一目見ただけであの人とわかるクセのある文字。最近のパソコンや携帯などで打ち出す文字に、なんだかそっけなく感じるのは私だけではないはずだ。

しかし、日頃から書き慣れていないと、なかなか自筆の手紙は出しにくい。「感じたことをメールで送るように書けばいい」と言われても、いい年をした大人には、結構やっかいだ。やっぱり手軽なメールとは明らかに違ってる・・・。

だが、東日本大震災後、豊かさの尺度や喜びの価値観が変わりつつある。手紙を書くこともそうだが、時代遅れだとか、面倒くさいと捉えられてきたものが持つ良さを見つけてもらえるようになった。確かに、メールには即効性がある。でも自筆のメッセージには、お世辞にも上手とは言えない文字であっても、丁寧に書かれた文字はちゃんと読めるし、なによりも丁寧に書いてくれたことにじわ~っと受け取った人もうれしくなる温かみがある。

手紙だけでなく、旅先で日記を書いたり、好きな曲の歌詩を書き写したり。手でじっくり書くと読み返した時に、書いた時の気分を思い出せる。手書きのモノにはそんな役割もあることを思い出した。
想いを馳せた手書きの文字からは、相手の顔が見え、今にも声が聞こえてきそうでもある。
気負うことなく、ときには心穏やかに自筆の手紙をしたためてみてはいかがだろう。きっと温もりのある、心のこもった返事が届くに違いない。

 

 

2012/04/05 101回目のプロローグ

2005年の12月に掲載が始まったこのコラムも、気がつけば100回更新し、今日で101回目。「もうそろそろネタ切れか?」「ちょっと、文章がくどくない?」「ネット人格は、違いますねぇ・・・」そんな激励(?)の言葉をたくさんいただきながら、なんだかんだと今日まで更新を重ねてきました。
当時こんなに長く続くとは、誰も想像しなかったはずです。よくぞここまでお付き合いくださいました。何より読者の皆さんのおかげでず。この場を借りて心よりお礼申し上げます。

気がつけば、コラムを書くことがライフワークのひとつとなり、日々の暮らしの中で身の回りの出来事や潜む何気ない機微をつむぐ楽しさを知った。書くことで自分の考えがまとまるし、読み直すことで「こう考えていたのか」と、もうひとりの自分が見えた気もする。ただ、自分の書き残したモノに対して「もっと違う表現はできなかったのか」と問いかけることは、あっていいのではないだろうか。いや、あるべきだと思う。正直なところ、表現として限界を何度も感じた・・・。

同じ体験や出来事も人によって感じ方が全く違う。たとえば体験ひとつとっても、必ず日向と日陰の部分があって、それぞれ違う方向からキチッと光を当ててやる必要がある。ものごとにはいろんな理由があり、双方の立場から見ないと実際のところは分からない。そんな目線で思いついたことから、一気に書き上げて、推敲を重ねるのが楽しい。5回、6回と見直して、辞書片手に言葉を捜しながら文章を練り上げる。今では辞書も電子辞書になり、「言葉探し」のスピードは格段にアップした。言葉というツールをいつもより少しだけ上手に使う事はとっても大切だ。

また、コラムには、「驚き」と「共感」が大事だと思う。
世の中のスピードに「驚き」ながら時代と向き合う言葉を紡ぎ、世の中はそう簡単ではないと生きる「共感」に結びつくように書いていければ・・・。だが、改めて今、はっきりと意識していることがある。それは、この国で起きた3.11を無視したコラムは書けない、ということ。直接何かができるわけではないけれど、忘れないように留めていく。そこを飛び越えて、ただ心地いいだけのコラムは書けない。
3.11の前と後では書く側も読む側も明らかに変わってしまったのだ。

きままに始めたコラムだが、伝わる表現を模索しながらもう少し続けていこうと思う。
これまでどおり思いつくままにテーマを選び、時折更新する程度ですが、今後もお付き合いいただければと願っています。今流行りのSNSとは違い、ネットの双方向性を生かすメディアのような展開は望めない(望んでいない)けど・・・(笑)

 

 

2012/03/11 3.11 ~ 被災地が言わせる言葉 ~

~ 混沌の果てに祈りが浮かび上がる。現実と非現実の境目のない世界。
破壊された世界に対抗するために、我々は何かを生むしかない。~

東北地方を中心に未曽有の被害を及ぼした東日本大震災は11日、発生から1年を迎えた。被災地では復興への決意を胸に、犠牲者を悼む式典などが開かれる。
あの日以来、私たちは圧倒的な非日常を日常として生きている。そこでは社会や政治など現実の課題同様、フィクションの世界での想像力もまた厳しい試練を突きつけられている。科学を基盤に、現実に先んじてさまざまな災厄を描いてきたSFというジャンルは特にそうだ。実際この未曾有の事態には、どこか既視感がつきまとって離れない。まるでハリウッドのSF映画を通して見慣れてきた破滅の情景が、ついに目の前で現実となったかのような・・・。

ならば変な話だが、実際に追いつかれてしまったSFの世界にこの先、一体何ができるのだろう。これまでSFは何を描こうとし、そして何が描けなかったのだろう。
私たちはこれからも映像で被災地と向きあっていかなければならない。決してSFなんかじゃない悲しみや恐れを内包した生き物が大地にひれ伏すかのように見えたあの津波の映像と・・・。

「3.11」によって何が正しいか間違いかという善悪二元論が崩れた今、「正解はない」というのが、正解なんです。それなのに、政治も経済も結局善悪の議論に回収されて災害に取り組むスピード感が欠如している。そこに問いを突きつけるのが、被災地から発せられる言葉であってほしいと願う。

ニッポン人は長い歴史と豊かな自然風土に育まれた民族的な特性から天災、人災に対する強い復元力を備えている。「冬が過ぎると必ず春が来る」といった循環の中で過ごしてきたことが、太平洋戦争の敗戦の廃墟にもかかわらず復興を成し遂げたニッポンの復元力の源泉になったのだ。
また、何でもありのような多神教のニッポンは、外国人には不評のあいまいさを持つものの、それが逆境の時にはしなやかな強さとなって表れる。「3.11」直後のニッポン人の毅然とした振る舞いは、世界中の人々に驚きと感動を与えたほどだ。一時的に窮地に陥っても必ず立ち直るというニッポンの復活神話。
ニッポン人ひとり一人が、他の誰のものでもない自分の悲しみやつらさと同様に向き合い、受け止めることから「3.11」後の復興は、始まるのかも知れない。

今、被災地では町のカタチや暮らしの展望がなかなか見通せない中、人々はどんなメンタリティーにあるのだろう。すべてが起こってしまった今、私たちはどんな未来を描き、どう行動すればいいのか。
死者、行方不明者を単に数字だけでとらえるのではなく、数字が何を意味するのか一歩進め、深めて考えてみる必要がある。それを未来に伝えることも私たちの重要な役目だと思う。そして、今も被災地に震災前の生活の痕跡がそっくり残っていることの無念さを考えれば、きっと被災者への視線も変わってくるはずだ。

確かに震災直後は、映像の力が圧倒的に大きかった。でも、これからは‘言葉の力’が問われる。人々の心に届く言葉、信じるに値する言葉を、小さな声でも語り続けるしかない。
いまだに「3.11」は、私たちの未来や存在そのものを揺さぶり続けている。そんな一変した世界で、言葉が果たす役割とは何なのか。

~ 無力だからといって沈黙するところからは、何も生まれやしない。
被災地を言う言葉がある。被災地が言わせる言葉がある。
今こそ〝被災地が言わせる言葉〟に耳を傾ける時だ。~

私たちひとり一人が被災者が何を思い、何を求めているかを丁寧に拾い上げ、復興に生かすことが求められている。そんな意識を持つことが、「3.11」後の新しい価値観を生み出すきっかけになるはずだ。〝被災地が言わせる言葉〟は、間違いなく「3.11」後を生きる私たちにこそ向けられている。

 

 

2012/02/01 被害者の母親~拉致という問い~

突然、不条理に起こった「拉致」という事件。その被害者である横田めぐみさんの母、早紀江さん。久しぶりにテレビで語りかけている姿を見た。
なぜこれほどまでも気丈に振舞うことができるのだろう。取り乱すこともなく、また大声でわめくわけでもなく・・・。

平明な言葉の裏側には、膨大な苦悩が潜んでいる。犠牲となった娘に心寄せるため、日本中を、いや世界中で30年余りにわたって命を削りながら拉致問題を問いかけてきた。時に泣き、時に怒りに震えながら、苦しみや痛み、現実を受け止めて・・・。
そんな早紀江さんの原動力とは、いったい何なのだろう。

『北朝鮮の犠牲になった人々』という、これまでのセンセーショナルでひとくくりにされていた被害者像。だが、2004年に当時の小泉総理の突然の訪朝から事態は一変。飛行機を降りてくるひとり一人の顔がテレビ画面に現れた瞬間、私たちははじめて拉致を実感した。

被害者の家族は長い間、拉致そのものの事実を知らされないままだった。公表された後も断片的な事実しかなく、やり場のない思いをずっと抱えて生きてきたはずだ。そうした家族に対し、国や国際社会そして私たちは、どれだけ手を差し伸べたといえるのだろう。国だけを責めて済むのならまだしも、日本社会全体、ということは私たちひとり一人が理不尽な差別の当事者であり続けていた現実を見据え、あらためて今後の生き方に繋げる教訓としたい。

時代も、背景も特定されない共通項があるとしたら、早紀江さんが渡り歩くのは、「戦いの場」であるということ。愚かな歴史は繰り返すし、人の心の弱さや醜さは、いつだってある。けれど、それすらも「限られた生」ゆえのものとして、我が子をいとおしむような母親としての温かい視線がある。そして、その裏側にあるのは、「永遠の生」を持つことができない拉致被害者の母親としての老いに対する壮絶な不安だ。年を取るたびに残された時間がそう長くはないことを感じる老いへの絶望感なのだ。その対比が、見ていて胸に迫る。

だが、そんな壮絶な物語にも希望は用意されている。もたらすのはやはり娘の写真。最愛の人の写真は生きるしるべとなり、引き裂かれた家族の希望という未来を切り開いてくれる。その娘の写真が家族の今に語りかけるものとは・・・。

私は被害者たちの人生とは、「その後」をどう生きるか、に尽きるのではないかという思いが底流にある。そして、被害者の果たせなかった願いや、家族を突然失った両親や兄弟たちの苦悶を知るとき、私たちは被害者が自分たちと何ら変わらない人間であることに気づく。拉致の恐さや人間の愚かさに改めて思いを致すのである。
拉致という問いは、歴史だけでなく、私たちが自分たちの社会の「現在」さえ知らないことをあぶり出してくる。「拉致とは」という鋭い問い掛けを私たちに突きつけ、「時」が封印し続けてきた生身の人間の声をすくい上げてくるのだ。

北朝鮮で圧倒的な権力が私たちと同じ人間を暴力で破壊し続けている現実は、被害者とその家族が人間として温かい言葉を交わし、なけなしの心を通わせた経験を通してこそ、ニュースとしての情報ではなく血と肉を伴って伝わってくる。最も虐げられてきた人々が最悪の状況下で人間性を失うどころか、より豊かに人間性を取り戻そうとしていることに注目したい。

今こそ早紀江さんや被害者家族は、自分たちの思いや声を真摯に聞き、それを世界へ伝えてくれる存在を切望しているのだ。ひとりの母親として訴え続けてきた早紀江さんの声は、見知らぬ被害者の悲劇を私たち自身の物語へと転換することを強く促している気がする。

最近マスコミがあまりとり上げなくなった拉致問題。今回の北朝鮮の最高指導者の交代が、新たな進展に繋がることを期待したい。

 

 

2012/01/05 こぢんまりと生き抜く

昨年の東日本大震災や原発事故は、ニッポンという国を根底から揺さぶり、改めて私たちに‘危機の時代’の在り方を問い直した。ニッポンが、ひとつの時代の分岐点に立ったことを強く感じる。
終戦のようなインパクトを持つ震災は、ニッポン経済を再び活性化する新時代の出発点なのか、あるいは、ニッポンという国が衰退したキッカケとして世界に記録される着地点なのか。

ひっそりと幕を開けた2012年。国の舵取りが、より重要な一年になるような気がする。さて、そんな2012年をどのように生きていこうか。

ニッポンは、90年代初頭のバブル崩壊から今日まで“失われた20年”を過ごしてきた。その間に世界経済におけるニッポンのプレゼンスは、おもいっきり低下してしまったようだ。思えばバブル全盛の頃、世界中どこへ行ってもニッポン・メーカーの商品を見かけたものだ。TOYOTA,HONDA,SONY,Canon,Panasonic,Nintendoなど外国人が憧れたニッポンブランドが溢れていた。だが、現在では自動車産業はグローバル化の波に翻弄され外国へ生産拠点を移し、家電製品の有力ブランドは韓国や中国にとって代わられている。急成長を見せるスマホ市場においても、ニッポン企業の存在感は低下している。ニッポンの経済成長率は急低下し、格付けは下降気味。国際社会の中で「日本病」という言葉すら生まれてしまった。
それだけ、ニッポン経済がバブル崩壊に伴うバランスシートの調整に苦しんだということだと思う。

だが、この20年でニッポン企業は自力で不良債権の処理や、過剰な生産能力のストック調整を行ってきた。ニッポン企業はやらなければならないことを着実に実行したのだ。その結果的としてニッポンの社会は今、確実に縮み続け、様々な問題を生んでしまった。かつてなかった少子高齢化の波は地域の活力を奪い、医療や防犯、人々の支え合いといった暮らしのセーフティーネットまで細り続けている。そして人々の格差不安は膨らみ、回復の道を見いだせない状況は続く・・・。

客観的に今のニッポン経済は、戦後最悪の状態に近いのではないか。政治家は議論しているけど、すぐに誰かがケチをつけて、つぶしてしまうことの繰り返し。今の政治家に危機感と覚悟はあるのだろうか。国が明確な指針を何も与えてくれない状態が続いている。これで若者に「希望を持て」「一生懸命生きろ」と言うのは、無茶な話だ。若者だけじゃない、多くの人が、今をどう切り抜けるかということを強いられている。

ここ数年、社会から受ける緊張感みたいなものがすごい。反発して、押し返して、なおかつ生きていくということは、ほとんど至難の業だ。緊張感を和らげ安心感を得ることは、将来も含めて自分の道筋を考えた時に出てくる。それに、大人も子供も国もリアルに直面している。だが、安心感の定義は、捉えどころがないくらい広い。なかなか答えが見つからない問いに誰もが向き合い続けている。

もっと知識や行動範囲を広げたいというのは、誰にでもある。だけど、こんな不透明な時代の中でやろうとしても出来っこない。
一人より二人、二人より三人と拡大するのは、安心できるが、ほとんど無効に近い。私個人の考えを言わしてもらえば、経済がどう転ぶかわからないこういう時期は、大きく大きくと拡張しようとせず、小さく小さくと考えた方がいいんじゃないかと・・・。できるだけこぢんまりというか、経済の今後をしっかりと見つめるためにも、そういう考え方もあると思うのだが・・・。

今年は小さく小さく。このような時代を、こぢんまりと生き抜くことは、決して悪いことじゃないと思う。