Kure-Kanbutsu Co.,Ltd.

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しゃコラ2013

しゃコラ2013

  • 2013/12/29 記憶との向き合い方

     

    安倍総理の突然の靖国神社参拝が波紋を呼んでいる。

     

    敗戦から68年後の今もなお、ニッポンの政治家の「歴史認識」が国際的に問われるのはなぜだろう。
    問題の本質を探ろうとしても、私たちの理解では、糸口をなかなか見い出せない。

     

    戦争の記憶には、往々にして負の側面を並べようとする力が働く。一国の歴史となれば、誇れる物語にそぐわない。ときに、出来事全体が「なかった」かのように扱われることも・・・。
    選択的に記憶、あるいは忘却されたものの両面が浮き上がってくる。多様かつ複雑に映る歴史を丸ごと直視するのはそう簡単ではない。

     

    戦後処理をめぐり、同じ敗戦国のドイツとよく比較されるニッポンは「決定的に自ら過去と袂を分かつ」機会がなかったのか・・・。
    アジアの戦争記憶を語る時、ニッポンという国の立場性が問われる。太平洋戦争と植民地化以降のニッポンの立場を抜きには、議論をなしえない。
    だか、その箇所で「ピタリとキーボードを打つ手が止まってしまった」ほど、私には厳しい問いである。

     

    結局、異議の声に対する寛容さと、過去の悪に向き合ってそれを乗り越える能力が必要ということだ。

     

    戦争の記憶は、まずは国境をつくり、それぞれの民族的記憶をつくりだすが、同時に国境を越えた問題となっていく。依然として対抗とあつれきを生むのだが、それをあらたに理解と対話の場所としなくてはいけないはずだ。

     

    そうしなければ、戦争で犠牲になった方々がいつまでたっても報われることはない。

     

     

     

  • 2013/12/07 ノエル -a story of stories‐

     

    『ノエル  / 道尾秀介』

    「物語をつくってごらん、きっと、自分の望む世界が開けるから・・・。」

     

    理不尽な暴力をかわすために、絵本作りを始めた中学生の男女。やがて生まれた一冊が二人の運命を動かすことになる・・・。妹の誕生と祖母の病で不安に陥り、醜悪な現実を振り払うため、絵本に救いをもとめる少女と、最愛の妻を亡くし生き甲斐を見失ってしまった老境の元教師の生きざま。


    それぞれの切ない人生をつなぐ奇跡の「チェーン・ストーリー」と銘打たれた道尾秀介の作品。どんどんいろんな作用を起こしていく物語の可能性に挑む感動作だ!

     

    小説とは「言葉」という情報を「物語」に組み込み、ひとつのフィクショナルな世界を提示する様式。作家は、文体や叙述や構成など、様々な意匠を凝らし、未知の物語を読者の元に送り届ける。

    『ノエル -a story of stories-』は、小説という表現様式の可能性を極限まで追求した野心的作品。人間の心を美しさだけで表現するのではなく、人間の欲求、醜さを露骨に表現し、悲劇にまで発展するストーリー展開は、あまりにも衝撃的だ。

     

    物語の終盤になって、隠された事実が次第に明らかになる。なるほど、そういうことだったのかと思うのだが、それで失望することはない。むしろ生きることの切なさと美しさが際立っている。物語は何重にも錯綜し、複雑化していく。読者は密林をさまよう作中人物のように、過去と現在、現実と虚構が入り交じった小説という名の密林をさまようことになるのだ。ひとつひとつは独立してても、ほんの少しずつ繋がっていて、その繋がりが最後に見事に絡み合ってドラマチックなラストを迎える。

     

    小説のネタを割らないようにこうは言えるだろう。僕らはみな夢の中で生きているのだと。

    誰かの夢の中で、誰かの思いの中で、誰かのために生きていて、自分では意識して行動しているつもりでも、意外と誰かと共有している喜びがあり、誰かの思いに触れて、己が人生の拠点を知ることになるのだと。


    好きでも嫌いでも物語を読んでしまったら何かが変わるはずで、その人自身も物語となるし、触れ合う他の人にもつながっていくのが「物語」。

     

    誰かが作った物語を、誰かが読んで励まされていく。
    物語を作ること、読むことの喜びを見つけていくことが、リレーのバトンのように人から人へ受け継がれていく。
    そんな、切ない人生を「物語」の力が変えていく……

    どうしようもない現実に舞い降りた、最も美しく最も劇的な道尾マジック!


    本作はとっても温かい物語で、作者は、物語の力、人の善意の力を凄く信じている人なんだろうな、と感じた。

     

     

     

  • 2013/11/14 祭りの後の静けさ・・・

     

     

    人口減少や産業のグローバル化、首都圏との関係の変化などで衰退危機にある地方。いつの時代も地方にしわ寄せが行くが、解決策は誰も持っていない。どんな専門家の分析にもまるで説得力はない。安易な町おこしや、どこかの成功例にならう取り組みが目立つけど地域資源を省みずにまねても成果は得られるはずがない。

    だが、季節を問わず、場所を問わず、あちこちでイベントが開かれている。まるで、やらないことが罪であるかのように・・・。

     

    さて、『呉市場祭り』が無事終了した。私にとって今年最大のイベントが終わった。
    実行委員長として約一年もの間、取り組んだ肝いりのイベント・・・。

     

    「どうして、祭りの実行委員長になったんですか?」と市場祭り開催中に来場者の方を含めた何人かの方に尋ねられた。そのときの私の答えは、「頼まれたので・・・」という他者に対するものだった。今考えても、自分に対する理由、この経験が自分にとって何をもたらしたのか、よくわからない。いや、むしろ時間がたてば、何かしら答えがで

    ると思い、その日まで、この日のことを心のどこかにしまっておこうと思う。

     

    しかし、わかったこともある。それは、何か物事に取り組むとき、実際に現場で関わる人たちの視点で物事を考えていくと、満足のいくものができるということ。今後、何か新しい物事に臨むとき、今回の市場祭りの実行委員長という役職で得た経験を活かすことができれば幸いだ。

     

    この場を借りて、来場者の方々、実行委員のメンバー、市場関係者、マスコミ各社、その他ご協力いただいた方々に対して、良き経験ができ、良き思い出を頂いたことにお礼を申し上げたい。

     

    人を集め活気を出すための手段のイベントであったり、町おこしとしての地域のイベントであったり、販売を目的としたイベントであったり、種類は違うがイベントの究極の目的は楽しいひとときを提供する事に尽きると思う。


    イベント成功の鍵はお金を掛けることではないし、みんなで知恵と力を集めあって開催した小さなイベントでも、来場者に楽しいひと時を提供できれば、そのイベントは大成功だ。

    この目的を忘れてしまうとイベントはうまく行かない。

     

    この場で何故こんな事を書くかというと、お金さえかければ場所の確保から企画から実行までイベント企画会社に任せる事も出来るし、イベント企画会社に企画以外に金魚すくいの道具だとか綿菓子の機械とかいくらでもレンタルしてくれるイベント用品レンタル会社が有るので、誰がやってもそれなりに格好がついてしまうのである。

     

    しかし、大切なのは見掛けの格好良さとか本物の露天が出てるとか、ましてやいくらお金をかけたかが重要では全くなくて、イベントを行う主催者側のおもてなしの心だ。

     
    繰り返しになるが、来場者に楽しいひと時を過ごしてもらう事がイベント開催の最大の目的で、お金をかけるより知恵を絞る事につきると思う。

     


    呉市場祭りの様子

    やっぱり、市場で働く人々は、ここ一番で実にいい仕事をする。

     

    今回の『呉市場祭り』では、市場で働く人々の心意気が見事に発揮され、大成功だったと思う。
    その反面、大勢の人が市場に押し寄せ大盛況だったおかげで、終わった後の静けさがどこかむなしい。

     

    ああ・・・

     

    イベントの主催者にとって、この静けさはたまらない・・・
     
     

     

  • 2013/10/15 先人たちに抱くロマン

     

     

    創業100年以上の企業は広島県内に500社ほど存在する。
    先行きが不透明な現代、事業規模の大小を問わず多くの企業にとって、創業100年以上の長寿企業から学ぶべき点は多い。多年にわたり社会に尽くしてきたことに敬意を払い、長寿を祝うことは、人も企業も同じだ。
    今やニッポンは世界有数の長寿大国。だが、実は世界有数の長寿企業大国でもあるのだ。

     

    業績を重ねた長寿企業には、戦争や災害など幾多の困難を乗り越えてきた強さがある。
    戦争や自然災害、産業構造の変化など幾多の困難を乗り越えた原動力として、過去の成功体験に縛られず変化を恐れない柔軟な経営姿勢があったに違いない。
    そんな長寿企業の永続の秘訣を一言でいえば、「変化への適応力」に尽きるのではないだろうか。

     

    当社も今日で会社設立75周年。

     

    100年に向けて、まだ成長過程の道中ばという所だが、改めて先人たちへの感謝の気持ちでいっぱいだ。

     

    私は、なぜ当社がここまで存続できたのかと訊かれれば、まず「ピークがなかったので・・・」と答えることにしている。月にたとえて、満ちれば欠ける、欠ければ満ちる、絶頂期を迎えた企業は必ず衰退する、とも付け加えながら・・・。

     

    端的に言えばいつの時代も「無理な成長を望まなかった」ということ。急成長を求めると、その先に急激なダウンのリスクがあるかもしれない。だから売上はほんの少しの右肩上がりであれば御の字で、たとえ横ばいでも良しとするという考えが、安定経営を営め、継続できるのではないかと・・・。

     

    また、当社では設立以来、「変わっていると気づかれないように変える」ということに重きを置いた経営戦略が受け継がれてきた。環境の変化に対して敏感でありながら、先人の教えを継承し、時代に合わせて、身の丈で、少しずつ変化させていく。力量ある長寿企業となるためには、市場の変化に応じて「価値創造を続ける=企業として変革し続ける」ことが求められているのだと・・・。

     

    これからは、ニッポンの長寿企業が培ってきた生き残り戦略を参考に、先人たちの教えを現代社会に融合させて、未来へと引き継いでいかなくてはいけない。
     

    しかし、いつの時代も先人たちは、どんなことを考えていたのだろう。何に思いを巡らせていたのだろう。変化をどのように感じていたのだろう。どうしても、そんな疑問を抱いてしまう・・・。

    企業が存続してきた過程の中に、先人たちの計り知れないほど多くの「英知」が存在していると思うと、イメージがどんどん膨らんできてワクワクしてくる。

     

    何だか今日は、そこにロマンを感じずにはいられない。
     

     

     

     

  • 2013/09/09 熱烈! カープ魂

     

    プロ野球のペナントレースも大詰め。われらのカープはと言えば、クライマックスシリーズに進めるかどうかの正念場。そんな時期に知人からこの本をいただいた。

    だが、私はこの手の対談形式本は、正直なところ苦手だ。

     

    会話の内容をそのまま記録した文章の方が、書き手の勝手な主観が入らずに話し手のリアルな話が読み取れる気がするのだが、聞き手側の返答が自分の聞きたいことと違ったり、不要な雑談部分が混ざっていたりして文章量に対して情報価値が低い気がしてしまうのだ。
    私は、自分と考え方の合う書き手が、ある事柄に対して一気にまとめたような文章の方が好きだ。

     

    だが、せっかくだからとめくってみるとこれが結構面白かった・・・。
     

    カープ選手の生き様から生きるヒントを紡ぎ出した書籍『熱烈! カープ魂 / 大野豊×達川光男』

     


     

    いやはや、出るわ出るわ、現役時代には絶対書けないレベルの日本球界の裏事情の数々。あの名選手との勝負の裏側、あの名場面の内情、あの時代の知られざる慣習・・・、達川先生、大野先生、めっちゃコンテンツリッチですなぁ。

     

    カープファンとしては、最初から最後まで「そうだったのか!」と納得させられるエピソードや、今だから話せる裏話がテンコ盛りで、2人がまるで池上彰になったかのように感じることだろう。

     

    対談形式にすることによって、会話方式というものが生まれ、それによってある種のテンポの良さが生まれている。
    これは、読者を飽きさせずに最後まで文章を読ませる効果があると思う。

     

    大野先生が天然のキャラクター「達っちゃんキャラ」の爆裂を誘うことにより親しみやすさを出している。こういった親しみやすさも文章を読ませるテクニックなんだろう。
    あまりに固すぎると読む側も疲れてしまうと思うので・・・。

     

    本書はそんな2人の先生のコンテンツを、一般に問題のない範囲で、かつギリギリまで引き出した作品となっている。私のようになぜか対談形式の記事を読むのが耐えられない人へお薦めです。
    もちろんカープファンであることが絶対条件ですが・・・。

     

     

     

  • 2013/08/15 語られぬ挫折に光を

     

     

    私たちは、当たり前だと思っている。

     

    思い立てば、誰でも地球の裏側に行けることを、
    いつでもどこでも想いを伝えることができることを、
    平凡だが、満ち足りた日々が続くであろうことを、
    昼も夜も忘れてしまったかのような、この世界を、

     

    けれど、それらはすべて与えられたものだ・・・。


    この国は、(国家神道上の天皇という)神をつくり出し、国家をまとめて戦争をして、負けた。今でもぬぐいきれない過去の挫折だ。だが実はそれは、ニッポン人が思う以上に大きなことなのかもしれない。
    なのにその挫折が挫折として語られることは少ない。それどころか、挫折にフタをし、ニッポンは戦後、新たに‘経済’という神話(成功物語)をつくり出し国際社会に復帰した。そして、見事に経済大国となった。

     

    だが、それらもすべて与えられた物語だったということだ。

     

    2013年のニッポンを生きる私たちにとって、あの戦争は遠い過去なのだろうか。または遠い外国での出来事にすぎないのだろうか。
    現代社会にあふれる理不尽な暴力や争い事は、戦争と全く切り離されたものではない。戦争を語ることは、人間が内包する恐るべき不条理を解き明かす試みでもある。
    戦争の現代的な意味を問うための想像力が、歴史上の出来事と「現在」を、遠い場所と「ここ」を、つないでいく・・・。

     

    今日の平和は、この国の人々が歴史の中で戦い、もがき苦しみ、命を落とし、生き抜き、勝ち取ってきた結晶だ。そして、ひっそりと挫折と向き合ってきたこの国の尊い物語なのだ。


    挫折を挫折のままにするのではなく、悲劇を悲劇のままに終わらせるのでもなく、挫折を勇気に、悲劇を希望に変えて行く努力が、これからのニッポン人には必要ではないだろうか。

     

    今日、この国は68回目の終戦の日を迎える。

     

    見えるものだけが、歴史ではないし、わかりやすいものだけが歴史でもない。
    見えないところで、わかりにくいところで、歴史という物語は続いている。
    果てしなく、地道に、しかし、確実に。

    だから私たちは、そこにさらなる光を与えなくてはならない。

     

    戦争を知らない私たちの、この手で・・・。

     

     

     

     

  • 2013/07/22 ねじれ解消へ

     


    第96条
    この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする(日本国憲法)

     

    これは、日本国憲法第9章「改正」にある唯一の条文で、この国における憲法の改正手続について規定している。最高法規を変えやすくするこの条文の改正の是非は、今回の参院選の最大の争点だったと思う。
    でも有権者の関心は、思いのほか低かった・・・。原発問題やTPP、あるいは景気回復や雇用対策と比べ、脇に置かれていた。暮らしとは縁遠いと捉える人が多いのだろうか。

     

    これまで改憲を許してこなかった「三分の二」の持つ意味を、有権者がじっくり考える機会を得ているとは言い難い。第96条の改正によって、戦争放棄を定めた9条も変わる可能性がある。ニッポンは事実上、戦争が「できる」国になってしまう危険性があるのだ。

     

    「日本国憲法は制定以来、これまで一度も改正されていない」

     

    このことは、様々な意見もあるが、この国が平和であったという証だと私は思う。

     

    今思えば、全ての政党、候補者は改憲へのスタンスを有権者に明確にすべきだった。
    「この国のかたち」を大きく変える問題を正面から取り上げるのが国会議員を目指すものの務め。だから、そこに踏み込まなかった候補者はずるいと思う。

     

    選挙を終えて改めて感じることは、改憲を簡単に「決めさせない政治」のための英知が必要ということ。だが、今回の参院選により“ねじれ”は解消され、改憲への議論も活発になることだろう。

     

    長期間この国を覆っていたねじれ国会が象徴する「決められない政治」に最後まで世論は冷たかった。
    だが、この「決められない政治」によってこの国の平和は守られてきたともいえる。そう考えると簡単に「決められる政治」の方が、逆に危ういのかもしれない。国家権力を一手に縛った「多数派の横暴」をも戒めるという「決めさせない政治」という立場も必要なのだ。ねじれの解消は、少数意見がいっそう埋没するリスクも伴っている。

     

    結局私たちは、ニッポンという国の目指すべき姿を、いまだに見いだせていないのだろうか。
    少なくとも当選した議員の方々には自身の持つ一票に、責任の重さを感じてもらいたい。そして、自民党は、大きな責任を背負ったことを忘れないでほしい。


    とりあえず、ねじれが解消された今、これからのこの国の舵取りに期待しよう。

     

     

     

     

  • 2013/07/06 ネット社会への警鐘

     

     
     

     「今や私たちはネットなしでは生きていけない」

     

    メールでたくさんの人とやり取りし、情報を瞬時に検索し、ショッピングでモノまで買ってしまう。仕事上でも社外にいながら会社のデスクに座っているかのようなバーチャルな作業環境も整った。つぶやけば、たちまち無数の返事が返ってくる。
    それらは暮らしを飛躍的に快適にし、刺激的にした。ビジネスチャンスを無限に広げてもくれた。

     

     「良き進歩だと誰もが思っている」

     

    だが、ネットによって社会全体が必要以上につながり過ぎたせいで、社会の秩序がひどく乱されているのではないかと疑問を覚えずにはいられない。ネットが我々の意思を超えたところで過剰な結合状態を引き起こしているのだ。
    携帯(スマホ)やパソコンの画面にしがみついている間、周囲の現実から遠ざかる反面、社会(地球)全体とつながっている不思議な感覚。極度の孤独感と極度の社交性や連帯感はネット社会特有の不思議な二面性だろう。

     

    媒体や通信の道具は何であれ、それ自体に責任はない。携帯(スマホ)やパソコンの向こうで文字を打っているのは、間違いなく生きた人間、つまり私たちなのだ。ウソも真実も流れるゴチャゴチャの世界にしているのは結局私たち自身ということだ。
    全てがうまくいっている時はいい。しかし、何かの拍子でいったん制御不能になれば、ネットを通じて瞬く間に世界中に広まってしまう危険性をはらんでいる。

     

    また、ネットの世界では匿名だから何をしてもわからない、という考えは危険だ。そういった考えは、私たちが過去から何も学ばず、同じ過ちを繰り返す可能性があることを含んでいる。自分がネットに問い掛けたことが、気がつくと自分に向いていた。こんな感覚は、ネットじゃなければありえない話だ。

     

     「改めて感じる現代社会でのネットの影響力と言葉の重み」

     

    ネットの歴史はわずか20年足らず。技術の急速な進歩で便利になってきた一方で、ネットを悪用した犯罪が多発するなど新たな社会問題も発生している。現実の社会と違い、ネット社会では相手に顔や身なり、態度を見せずにいろいろなことができる。皮肉にも悪いことをしようと思っている人々には、とっても便利な社会になってしまったのだ。

     

    ネットは大変な勢いで進化して、いまや誰もが経験したことのない新しい社会を作りつつある。ひょっとしたら、ネットなんかない時代のほうが、今よりずっといい時代だったんじゃないだろうか。

     

     「なんでもネットに頼る殺伐とした風景が広がっている近未来社会はゴメンだ!」

     

    ネットなんかない時代を知る大人からの、ネット社会しか知らない子供たちへの警鐘だ。

     

     

  • 2013/06/11 総選挙といえばAKB

     

    今の時代、どんな出来事でも受け手はネタにする。そして一方的な想いをぶつけてくる。同調する人が集まればそれはそれである種の力にもなる。当然、盛り上がる。大勢の人に届け、と願う発信者にとっても‘してやったり’だ。

     

    でも、ホントにそれでいいのだろうか?次から次へとあまりに発信のスピードが早すぎないか?ネット上でこんなことを書くのは野暮ってもんだが、情報を発信する側にとって、この‘速さ’は相当厳しいと思う。今、表現するということは、発信者も受け手もこのスピードと向き合うことでもあるのだ。

     

    さて、選挙である。選挙といっても衆議院選挙や参議院選挙ではない。ましてや市長選挙や市会議員選挙でもない。今や世間で選挙といえば、「AKB48選抜総選挙」。

     

    全国ネットで生中継された開票速報番組をご覧になった人たちはどんな風に感じただろう?会場となった日産スタジアム(横浜)には、7万人のファンと、国内外から700以上のメディアが集まり、お祭りムードに沸き返る。ファンにとっては政治以上(?)の関心事だ。

     

    私は途中からテレビで観たが、画面の中で起こっている‘出来事’について行けず、番組の異様な盛り上がりに少々違和感を覚えた。でも、これだけ多くのファンを集め、全国レベルで盛り上がれるイベントがあるということはとても良いことだ。ついて行けてない私が、世間とちょっとズレているだけなのかもしれない。

     

    秋葉原の劇場からスタートし、いまや巨額のマネーが動くドル箱アイドルとなったAKB48。それだけに、メンバーやファンだけでなく、各所属プロダクションやテレビ局、スポンサーなどの思惑が入り乱れている感じが少し痛々しくも感じる。でも、そんな風に感じるのも、ついて行けてない証拠。

     

    今後、大人たちに消費されつくした末に、彼女たちはいったいどこに行き着くのだろう。今の時代のスピードと一番向き合っているのは、実は彼女たちかもしれない。

     

     

     

     

  • 2013/05/08 ひろしま菓子博

     

    ゴールデンウィーク中、行列を覚悟で全国菓子大博覧会(ひろしま菓子博2013)へ行ってきた。お菓子の歴史と文化を後世に伝えるとともに、菓子業界の活性化の為に4年に1度全国各地で開催されている日本最大のお菓子の祭典だ。

     

    場所は広島市中区基町の旧広島市民球場跡地や広島県立総合体育館とその周辺地区。各パビリオンには長い行列ができ、若いファミリーからシニアまで幅広い客層で大混雑。メイン会場では、地元の菓子職人が、砂糖や米粉で巨大な厳島神社を再現した工芸菓子を作り、春の広島の街を鮮やかに彩っていた。

     

    広島での開催は、なんと92年ぶりらしい。92年前に前身の博覧会が広島で開催された時、会場となったのが当時の「広島県立商品陳列所」(広島市中区)。
    優美なデザインのその会場は、その後の原爆投下によって「原爆ドーム」という悲劇を伝える負の世界遺産へと生まれ変わった。

     

    城下町、軍都として栄えてきた広島。戦前は350人余りいた菓子職人の大半が原爆の犠牲になり、広島のお菓子文化も壊滅的な打撃を受けた。失われた技術も少なくないはずだ。

    原爆投下から敗戦を経て、平和都市への転換を遂げた広島で開催された今回の菓子博は、戦後を被爆とともに歩んできた広島の歴史の確認とともに、今後の広島圏構想に代表される新たな地方自冶の構築の役割を担っているのではないだろうか。

     

    「戦争で市民の生活から一番先になくなるのがお菓子で、それを楽しめるようになることこそが平和の始まりだった」と話す関係者の言葉には説得力がある。
    甘味(代表としてお菓子)はある意味で平和の象徴だと思う。だから見事に復興をとげた広島の街で、再び開催されたことに意味があるのだ。

     

    大切なことは菓子博が閉幕してからだろう。この盛り上がりを一過性のイベントとして終わらせてはいけない、と誰もが思うはずだが・・・。
    大勢の来場者で華やぐ会場のすぐそばには、通りを挟んで原爆ドームがその存在を今も留めている。その対比から平和の尊さを感じ取り、大切な地域資源を次代につなげてほしいと願う。

     

     

     

  • 2013/04/12 いつやるか・・・、今でしょ!

    なかなか今の世の中、どんなことでもタイミングというヤツが一番むずかしい・・・。

     

    先日、政府は元プロ野球巨人監督の長嶋茂雄、米大リーグで活躍した松井秀樹両氏に国民栄誉賞を授与する方針を決めた。国民的スーパースターの同時受賞にプロ野球界や他のスポーツ界から祝福の言葉が続いている。

     

    だが、なぜ今なのか・・・。

     

    長嶋氏についてはむしろもっと早く授与すべきだったの声も多い。今回浮き彫りになったあいまいな選考基準。政治的な思惑も見え隠れし、線引きの難しさはこれまでにも何度も指摘されている。両氏への授与も「なぜこのタイミングなのか?」の疑問が消えない。スポーツ選手だけをみても、授与された選手と有力選手との違いを明確に説明し切れたとは言い難いのだ。

     

    もちろん、松井氏が「ゴジラ」の愛称で親しまれ、日米両球界で活躍し、ここ一番の勝負強さでファンを魅了したことは、誰もが認めるところだ。国民栄誉賞を授与に値する人物であることには異論はない。
    しかし、今日のニッポン人選手が大リーグへ挑戦する道を切り開いた人物として、私たちは野茂英雄氏を忘れてはいけないのではないか。

     

    当時、野茂氏のメジャー・リーグへの道のりは決して平坦なものではなかった。
    今では忘れた人も多いだろうが、野茂氏がアメリカに渡る決意を表明したとき(94年秋)、多くのファンも評論家も、彼に向かって「何をバカなことを」と一斉に非難を浴びせたものだ。それは自分勝手な行為であり、球界や近鉄球団への裏切りであり、恩知らずな行為であり、実力を過信した行為でもあり、「半年で尻尾を巻いて帰ってくる」と断じた評論家(いわゆる業界の人々)までいた。

     

    そんな偏狭な考えを打ち破り、ニッポンの野球人と野球ファンの視野を大きく広げてくれたのが野茂氏だった。これまでも引退表明後に、多くのニッポン人メジャー選手らが野茂氏の功績を称えるとともに、日米の架け橋になってくれたことに謝意を述べている。
    蛇足だが、野茂氏が球界を変えたことを、当の日本球界自体がちゃんと把握していないように感じる。野茂氏がきっかけをつくり、イチローが完成させた「純粋な野球」観の前では、旧態依然の価値観が邪魔であるということを・・・。

     

    そんな野茂氏に改めて国民栄誉賞を授与すべきではないのか。功績をたたえ、タイミングとか、理由づけなどの枠にとらわれることなく・・・。

    じゃあ、いつやるか・・?

    そりゃぁ~・・・、今でしょ!

    東進ハイスクールの林修講師

     

     

     

  • 2013/03/21 結果は勝ち負けだけではない

    大歓声は、一瞬でため息に変わった・・・。

     

    野球の国・地域別対抗戦、第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は17日(日本時間18日)、サンフランシスコのAT&Tパークで準決勝を行い、日本はプエルトリコに1―3で敗れ、3連覇の夢は果たせなかった。

    惜敗と言えばいいのか、完敗と言えばいいのか。

     

    テレビのスクリーンに映し出された内川選手の涙や呆然とする田中将選手の姿。中田翔選手はしばらくの間、ベンチから立つことすらできなかった・・・。遠くサンフランシスコからの映像に侍ジャパンの悔しさは充分に伝わってきた。その反対側で相手のプエルトリコの選手たちは、まるで優勝したかのようにはしゃいでいる。

     

    たらればはスポーツの世界に禁物だろうが、ついつい、たらればを語りたくなるような内容の試合だった。

     

    試合終盤の焦りからくる自滅。WBC3連覇の夢を阻んだのは、緻密な野球を掲げるニッポン代表が、一番やってはいけない失敗だった。
    土壇場に起こった痛恨のミス。1-3と2点差としてなお1死一、二塁で一塁走者の内川選手が飛び出してアウトになったプレーは、ある意味、今回の日本代表の強さと脆さを象徴するようなものであったように思える。
    だが、負ける時というのは、大体こんなものだ。侍ジャパンの戦士たちには、決して下を向いてほしくない。また、監督や選手に対する安易な非難も不要だろう。


     
    今大会中には、国を超えたさまざまなドラマも生まれた。特に台湾戦の緊張感あふれる試合は、名勝負として歴史に刻まれることだろう。
    加えて東日本大震災に対する台湾からの多大な支援に感謝の気持ちを伝えるべく、当日観客席でプラカードを掲げるなどして、台湾チームに声援を送ったニッポン人も多かった。球場に行けなくてもインターネットやテレビを通して謝意を伝えるニッポン人は増え続け、その行動は台湾の人々に伝わりしっかり受け取められているとも聞く。WBCという野球の世界大会がきっかけで、日本と台湾は互いのスポーツ精神を称えあった。同時に“友としての絆”を、深めることができたのではないだろうか。

     

    スポーツは、結果がすべての世界。しかし、結果は決して勝ち負けだけではないのだ。

     

     

     

     

  • 2013/03/11 3.11 ~ 震災後に描く未来とは ~

    多くの犠牲者を出した東日本大震災から今日で2年。大きな転換期に立つ現代のニッポン。震災によって経済停滞の荒波にもまれたニッポン人は、海図と羅針盤を失ってしまったのか・・・。今、必要なことは、時間軸と空間軸から、震災前を振り返り、震災後を見通して新たな航海の未来図を描き上げることだろう。

     

    原発問題や消費税増税などをどう考えるのか。突如わき起こった近隣諸国との領土問題と、どう向き合うべきなのか。現在起きている事象の背景にはいったい何があるのか。
    私たちを取り巻いている時代の閉塞感がいったいどこから来ているのか探りながら、時代の流れを踏まえたこの国の将来展望を描かなくてはいけない。

     

    ニッポンが世界に誇っていた格差のない平等な中流社会が、今では見る影もなくなった。まっとうな暮らしが成り立たない下層階級が相当に出現している。
    中流社会の復活は、産業構造の転換、アジア諸国の急激な追い上げ、ニッポン人自体が昔に比べると勉強しなくなったといった点を考えると、そのハードルは想像以上に高いといえる。

     

    これまでの「常識」が覆され、ひとり一人が海図なき航海を強いられる厳しい時代。そんな“残酷な時代”を、これからのニッポン人はどう生きていくべきなのだろう。
    震災後は、この国の企業の劣化が目立った2年だった。だけど、過去を振り返れば、こういった状況は何度もあった。いったん状況が悪くなるとすぐ悲観論に傾いてもうダメだ、となるのがニッポン人の悪い癖。

     

    最近居心地悪く感じるのは「情報がありすぎる」ということだ。新しい事業を立ち上げようと思ってネットで調べても、たとえば「3年で約80%が失敗する」なんてマイナス情報ばかり出てくる。そんな環境の中で何か行動を起こすのはとても難しい。

     

    自分で取捨選択できるなら問題ない。でも、一から新しいことを始めようとするとき、情報とは別の次元で、バカにならないといけない部分がきっとある。なぜなら冷静に考えて「必ず成功する事業」なんていえるものは、絶対にない(笑)。何か新しいことに挑戦するとき、過去のデータや事例だけを参考にしても必ず行き詰まる。だから、そういう情報を無視して突き進むこともすごく大事だと思う。で、実際にやってみたら、いろんなことができた、ってことも・・・。

     

    今のニッポンに必要なのは、経済成長社会から人間成熟社会への脱却を図ることではないか。世界とリアルにコミュニケーションを取り、過当な競争社会を克服する必要がある。それなのに経済のグローバル化によって、先進国、新興国、途上国はそれぞれの「国益」という欲望を膨張させ続けている・・・。
    ニッポンを含む先進国は、閉塞感を和らげるために、今後もさらなる競争を続けなければならないのだろうか。

     

    いや、私はそうは思わない・・・。

     

    人類の共存、持続可能な発展へ舵をとるべきだし、協調によって新たな秩序をつくることが、待ったなしの状況にあると思う。時間はかかるかもしれないが、新たな時代の変わり目を、そういう希望を描いて生きる時代じゃないかと・・・。今まさに世界は新たな段階に差し掛かっているのだ。

     

    まもなく現代までの世界の流れを、新しい見取り図で語れる時代がやってくるはずだ。

     

     

  • 2013/02/14 行き過ぎた指導

    私たちニッポン人は、昔から我慢強く、滅多なことでは他人と争うことを避ける。けれど、これがスポーツの世界となると、そう簡単にはいかない。まさに食うか食われるか、熾烈な競争社会である。

    この熾烈な競争に生き残るため、さらなる上を目指して、死に物狂いでトレーニングを続けているアスリートはたくさんいる。そういう環境の中でトップアスリートたちは、日々もがいているのだろう。オリンピックに出場するような人たちがどんなに苛酷で凄まじいトレーニングを続けているのか、私たちには想像もつかないが、尋常ではないはずだ。

    ギリギリまで自分のカラダをいじめる。もうこれが限界だと思っている限界のその先まで行こうとして自分のカラダをいじめる。自分を甘やかしている限り自分を超えることはできない。何としても自分自身の限界を突破したい。きっとアスリートのトレーニングとは、そんな過酷なものだと思う。そんな思いを克服できなければオリンピックの世界で勝てるわけがない。
    当然、そんなトップアスリートの指導に当たるコーチや監督も大変なプレッシャーの中で仕事をしているはずだ。選手に選手自身の限界を超えさせる、ということを目標に日々厳しい指導を心掛けているに違いない。

    そんな中、女子柔道の代表選手たちが監督から精神的、肉体的暴力を受けたとして集団でIOCに訴えた、というニュースが報道されているが、私は監督やコーチをそう簡単に批判したくない。今回、マスコミで報道された内容も、その後のスキャンダラスな扱いも選手たちにとっては、必ずしも本意ではなかったはずだ。


    大阪桜宮高校の体罰事件をきっかけにスポーツの世界での体罰やしごきが大きな社会問題になってきているが、教育の世界とトップアスリートの世界を同一視することも、適当ではないと思う。
    大体、うまくいかなくなるとこういった内輪の問題が表面化してくるものだ。最近のニッポン柔道も国際大会で満足のいく結果を出していない。

    私は、今回のニュースを聞いてもとくに驚きはしなかった。
    体罰、暴力、愛のムチ・・・、境目が難しい・・・。
    検討外れかもしれないが、授業中居眠りしていると先生に教科書でたたかれ、その後の授業は背筋を伸ばしてちゃんと聞く。そんな風景は私には日常茶飯事でした。今ではそれも体罰になってしまうのだろうか?
    結局程度の問題で、何事も行き過ぎると今回のような問題になってしまう・・・。

    いつの時代でも、どんなスポーツでも監督やコーチは、とかく選手に無理なことを強いる存在である。無理を承知で無理なことをさせるのだから、人によっては鬼のように見えるかも知れない。もちろん暴力はいけないことだ。
    今回の問題の背景にあるものは、監督や個人の責任ではなく、問題はニッポン柔道の弱体化にあるのだ。確かにニッポン柔道を取り巻く環境は、ルール改正など、ここ数年大きく変わってきた。


    ニッポンのお家芸、柔道。輝かしい歴史を誇っていたのに、いったいどこでどう道を間違えたのだろう。こうなったら何が何でも国際大会で満足のいく結果を出す必要がある。ニッポン柔道は勝ち続けることで自らを証明していくしかない。

     

     

  • 2013/01/30 アルジェリアの悲劇

    本来、生とは不確定なものだ。今生きている者が明日も生きている保証など、どこにもない。それでも明日も自らの生が続いていることを仮定して、私たちは日常生活を営み予定を立てている。
    その仮定があくまで仮定に過ぎないことを、今この国に住む私たちへ強烈に思い知らせた出来事が「アルジェリア人質事件」ではないだろうか。遠い外国「アルジェリア」で起こった大規模テロは、多くのニッポン人を巻き込む悲劇となり、日々を営むためのバランスを失わせるほどの威力でニッポン中に大きなショックを与えた。

     

    異国の地で奮闘しながら、テロの不条理に屈した「企業戦士」たち。ニッポンから遥か離れた異国の地で危険にさらされながらもあえて頑張れる理由とはなんなのだろう。家族と離れて海を渡り、その国の経済発展に陰ながら貢献してきた姿が、多くの人の心を揺さぶる。だが、家族の切なる願いは無情にも届かなかった・・・。

     

    技術者としてのプライド、日の丸を背負ったニッポン人としての誇り。それらを打ち砕いた、今回の事件。残念ながらこのテロ事件によって、10人もの尊い命が犠牲となった・・・。

     

    ニッポンが今日の隆盛を実現する上で、世界の最前線で活躍してきたこうした人々の貢献は極めて大きい。今もニッポン企業は北アフリカなど各地で、資源をめぐる国際競争の最前線に立っている。人道支援で活動する非政府組織(NGO)などのニッポン人も多かろう。今後、政府は邦人の安全確保をどうするのか。企業や個人はどのような対策を講じることができるのか。国際テロはそのやり方も標的も日々変化してきている。海外で働く技術者を従弟にもつ私にとって、他人ごとではない事件だ。

     

    改めて、卑劣なテロに怒りを禁じえない。ニッポンは、この痛ましい犠牲を乗り越えて、狂信的なテロ活動を世界から根絶するため、国際社会と連携してテロ対策に取り組まなければならない。この現実から決して逃げてはいけない。
    同時に、今回の犠牲者の理不尽な死に怒りを憶えつつ、現在も世界中で戦ってる現役の企業戦士の方々に無事での活躍とのエールを送りたいと思う。
    そして、何よりも今回のテロ事件で犠牲になられた方々並びにご遺族に対し、改めて心より哀悼の意を表したい。

     

     

  • 2013/01/09 旅をめぐって

    時代を行き来したいと思ったら、地球を水平に移動(旅)すればいい、と言った人がいる。
    あるところでは、まるで急激に高度成長を進める過去のニッポンの姿を目の当たりにしたかのような錯覚に陥り、またあるところでは、これからやってくる成熟した未来都市の姿を垣間見ることができるだろう。

     

    旅は、人を過去にも未来にも運んでくれるタイムマシーン(装置)のようなものかもしれない。そして、旅のもう一つの魅力は、知らないものや忘れかけていたものとの出会いだ。自然や町並みの美しさ、異国の文化や風習、人のやさしさやぬくもり、風の香りなど、旅は私たちに未知のものを見せてくれる。そこから、きっと新しい世界への扉が開いていくはずだ。

     

    旅という装置の中では、初めて体験することだけでなく、日常の中で忘れかけていたことも、新鮮な思いで見たり感じたりすることができる。そして、どんなに綿密に計画しても、思いがけないことが起きるのが旅。人生がよく旅にたとえられるのは、旅と同様、計画通りには運ばないものだからだろう。
    そんなハプニングさえも楽しむ気持ちになれば、旅の面白さは、より深まっていくのかもしれません。

     
    関西空港からJAL78便   バルコニーからの景色

     

    空港に降り立った瞬間に「帰ってきた!」って思える場所は、そうそうない。私にとってハワイはそんな所。
    何よりも身体に優しい“ハワイの風”が好きだ。あのハワイ独特の心地いい風を感じているだけで、忙しい日常から心も身体も頭も一気に解き放たれる気がする。
    頭に詰まった思考や、どんな心配事も、飛んで行ってしまうような解放感がある。ただ癒されるだけじゃない、もっとパワーチャージして元気になってまた頑張れる、ハワイはそういう特別な場所。
    と、いうわけで、この年末年始、家族とハワイ旅行に行ってきました。

     
    人気フレンチレストラン「MICHEL'S」   宿泊ホテル「シェラトン・ワイキキ」

     

    以前訪れた場所に時間をおいて再訪すると、否応なしに時間の経過を感じさせられるものだ。特に、過去に見たことのある壮大な風景を再び見ると、自然に対していかに人間が小さな存在であるかを痛感したりもする。

     

    実は以前訪れた時も年末年始で、同じように心地いい風を感じたのを覚えている。そのせいかもしれないが、飛行機を降りた途端、あっという間に時間が短絡し、以前訪れた時と時間の経過を感じながらも現在と過去がつながった気がした。
    確かに旅行をしていて何年ぶりかに同じ場所に来ると、しばしばこういう感じになる。しかし、今回はとくに顕著だ。つい先月来たばかりのような気がする。ここ1年のあいだに私の周辺では、いろいろなことがあった。それがふぅーと思い出されてくる・・・。だが、それはすべて是空だというかのように、以前と同じ風と時間がそこにあった。

     

    時間と旅、そして自然との関係が見事にマッチした瞬間だ。

     

    この先もハワイを訪れ、風に当たり日常生活をリセットすることがあるだろう。その時もまた、時間の経過を振り返ってしまうに違いない。記憶をたどり失敗を悔んだりするに違いない。しかし、振り返ったからといってどうなるものでもない。
    旅と人生とは、おそらくそんな関係なのだから・・・。