明治22年、半農半漁の平穏な村落だった呉に、海軍鎮守府の開庁と市街地の築調に伴い、多くの商人が一攫千金を夢見て集団移住した。その頃、当社の前身である「海田商店」は、当時の元町(現在の本通2丁目)に店を開いた。
昭和10年には「国防と産業大博覧会」が呉で盛大に開催された。
そして、軍需局の強い要請を受けて当時の「三八商店(厚井初太郎本店)」、「海田商店」など呉市内の卸売人有志が合同して呉市堺川通2丁目3番地(当時の中通市場)に『呉乾物株式会社』を設立(資本金5万円)。
まさに国家優先の時代となり、統制がより強化される中、統制を合理化するため軍需省が設置され、「軍需会社法」制定によって民需産業の整理統合がさらに進められた。
それ以降、日本は悲惨な太平洋戦争へと突き進むこととなる。この頃、当社も国策により満州での営業を開始。
戦時中は海軍御用商人として乾物,瓶缶詰,調味香辛料,酒類と共に生鮮食料品等も納入し、物品統制の厳しい中、呉市内外及び、近郊島しょ部の一般小売業者にも卸売を営んだ。
また昭和19年には中央食糧営団広島出張所の呉代理店を引き受けた。
終戦後、崩壊した軍港都市呉市のため食料不足の中、「我々は呉の台所を預かっている」という使命感から逸早く復興に務めた。 昭和23年には、国から戦災法人の認定を受けた(資本金54万円)。 昭和42年には資本金を現在の1,000万円へ増資した。
湾岸戦争後の平成3年にはペルシャ湾での掃海任務のため、自衛隊初の海外派遣が行われ、呉基地での物資供給の対応に追われた。
平成7年1月には兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)が起き、各方面からの要請に当社は災害救助物資の供給に全力であたった。その即応能力に対し、当時の海上自衛隊阪神基地隊からお礼状を頂いた。
しかし、平成13年9月11日、米国にて同時多発テロが勃発し、世界を取り巻く環境が大きく変わった。
平成17年11月22日、公式ホームページを開設。 平成19年4月、地球温暖化対策推進国民運動「チームマイナス6%」へ参加。 同年より環境対策車両の「天然ガスCNGトラック」 の導入を開始。 平成22年4月、地球温暖化対策推進国民運動「チャレンジ25」へ参加。
平成23年に起きた「東北地方太平洋沖地震」では、被災地の救援と復興のためにCSR活動スローガン「出来ることからはじめよう」を合言葉に、社員一同一丸となって、出来る限りの支援活動に参加。 平成25年6月27日、公式ホームページの全面リニューアル。 平成25年10月、会社設立75周年を迎え、新たなスタートを切る。 平成26年4月、低炭素社会実現に向けた取り組み「Fun to Share」へ参加。同年より環境対策車両の「ハイブリッドトラック」 の導入を開始。 平成27年3月16日、公式Facebookを公開。
平成28年よりオリジナル商品の規格変更に伴うデザイン変更を順次進める。
平成29年4月1日、今後の物流の合理化・高速化への対応を踏まえ、本社横の空きスペースを物流倉庫として新たに契約し、一括運用を開始。
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↑明治40年7月1日消印、呉市元町・海田商店が出した郵便はがき
↑昭和20年仮店舗ヘ届いた郵便。愛知商事株式会社とは現在のカゴメ(株)です。
↑昭和26年頃、開場まもない呉市中央卸売市場
↑昭和57年、現在の呉市中央卸売市場の開場式の時の写真
↑倉庫前荷受け作業の様子
↑ハイブリッド車両 |